　「ほら、おりてこいよ。　あんまり木の上にばかりいると、本当に猫になっちまうぞ」

　空ばかり見上げて、降りてこない娘に声をかける。
　声をかけても振り向きもしない。

　さみしい子だなぁと思う。

　一人の男しか見えないで。
　俺はため息をつく。どーするかな、このムスメ。

　ほっといたら、降りられないって泣き出しはしないか。
　降りられるくせに、降りられないって泣き出すんじゃないか。
　帰ってきて欲しい為に、そんな見え透いたワガママいいながら泣く口実作るんだよ。
　バカだな。子供だな。

　しかたない、付き合うか。
　俺は猫ムスメの木の下でタバコに火をつける。
　ごつりと、頭に何か当たった。…靴？

　「くつぬげたからおりらんない」

　いつも以上に水分多い大きな目でこっち覗き込んで。あー落ちるぞ、そんな格好してると
　…俺の役目じゃないんだがなぁ。

　「はいはい、ひろってやるからおりといで」
　「おりらんない」

　…始まったし。予想通りだよ。
　次の台詞まで予想できるぞ。…ナハトじゃないとおりらんない、だ。

　「ナハトいないからおりらんない」

　…微妙にはずれたな。
　…甘ったれめ、俺には好き放題だな…まったく。

　「行ってらっしゃいって自分で見送ったんだろう？だったらちゃんと自分で降りてきなさい」
　
　返事の変わりにもう片方の靴が落ちてくる。まったく…俺にどうしろっていうんだ。
　
　お互いわかってて結婚したんだろ。

　こんな風にまた独りになって空見上げて泣くのを我慢する為に結婚したのか？
　幸せになるんじゃなかったのか。
　おもったら真っ直ぐしか見えないのだから。
　もっと素直になればいいのにな。
　俺はタバコを消して立ち上がる。

　「あったかいミルクティー淹れておいてやるから、自分で降りて来いよ」

　そのまま背を向けて、勝手に娘の家に上がる。
　木の上で「ばかばか～～！」という叫びが飛んでくる。
　
　あ～…あれは…俺にむけていったものじゃないな。
　俺に向けていったけど、俺に言ったんじゃない。
　本人に言えばいいのになぁ…嫌われるはずがないのに。

　「ま…甘やかしすぎだとは思うがな」
　勝手に知ったるキッチンで、紅茶を入れる。
　……こっそりブランデーも。
　寝れない娘のために、大人のずるさを一滴っと。

　ワガママ娘を持つと、親はほんと苦労する。
　
　そのワガママを、もっとあいつにいってやれば　あいつも喜ぶのにな　

　「俺は、何やってるんだろうな」
　誰もいない台所で　独り苦笑いを浮かべながら　煙草にまた火をつけた。　